小林麻央死去について市川海老蔵が会見…語った内容全文まとめ

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市川海老蔵 小林麻央

小林麻央さんが亡くなったことについて

夫である市川海老蔵さんが会見を開きました。

 

海老蔵さんが涙ながらに語った

会見の内容を全文まとめました。

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市川海老蔵、小林麻央について会見全文まとめ

昨日、夜に

妻・真央が旅立ちました。

 

家族の時間や、

家族でしなければならないこと、

家族で話すべきこと、

 

子どもたちとのそういったことの中で

思った以上に皆様に伝わったのが

早かったということで、

 

急遽このように皆様に

時間を作っていただいたのも、

そのように多くの方にご迷惑が

かからないようにとして、

 

また、ブログや

ましてやアナウンサー時代から

妻のことを応援してくださった方々に

ご報告ということで、

時間を設けさせていただきました。

 

記者:真央さんの最期のときはどのような感じで

どのような言葉を話されたんでしょうか?

 

私は昨日も舞台でございまして、

それまで麻耶さんと、

真央のお母さんと、

ずっと看病をしてました。

 

私は舞台が終わったあとに、

ここで撮影がございまして、

その後、ロビーでまた別の

稽古がございました。

 

そしてそのときに、

お母様からLINEがきてたんですけども、

僕は見ることができませんでした。

 

1時間半ほど遅れて見た内容が、

「具合が悪い」と。

ちょっとお医者様も来ていて、

「家族を呼んだ方がいい」と。

 

という内容でございまして、

私もちょっと慌てて家に帰ったわけです。

 

そして帰りますと、まだ麻央は

この世にいてくれて、

 

たまたま、ほんとにたまたまなんですけど、

私が妻の前に座って、

呼吸が苦しそうだったんで、

大丈夫かな…と。

 

一昨日までは喋れたんですけど、

今はずっと(麻央が)喋れずにいたんで、

 

まあ、これはほんとにツライ話ですけど、

息を引き取る瞬間、私はみてました。

 

そのとき、これはほんとに不思議なんですけど、

「愛してる」と言って…

彼女がその一言を言って…

 

泣いちゃいましたね…。

 

その一言、「愛してる」と言って、

ほんとにそれでそのまま

旅立ちました。

 

記者:「愛してる」という言葉は麻央さん

ちゃんと受け止めたように思いましたか?

 

いや、僕が言ったわけじゃなくて、

彼女が旅立つ間際に、

「愛してる」

「る」が聞こえたか聞こえないか

ちょっと分かんないですけど…。

 

「愛してる」と言って

旅立ったのがちょっと…。

 

なんていうんでしょうか、

こんなに愛されていたのは

よく分かってたんですけど、

最後の最後まで愛してくれていたことに…。

 

なんとも言えませんね…。

 

すみません。どうしてもなんか、

昨日の今日で何も準備ができてなくて、

このようなところでお見苦しいところを

ご覧にいれてすみません。

 

記者:最期、ご自宅で送ってあげることが

できたのは良かったなと思われますか?

 

それはとても良かったと思います。

 

お母様も、お父様も、私も、

お姉様も、麻耶さんも、

 

子どもたちも、

ずっと傍にいられたので。

すごく良かったなと…。

 

まあ病院で、私は父を病院で

亡くしてるので…。

 

病院のときとは違う、

家族の中で、家族とともに、

一緒にいられた時間というのは、

本当にかけがえのない

時間を過ごせたと思います。

 

記者:お子様も含めて皆様で

送ることができたということでしょうか。

 

はい、子どもたちもみてました。

 

記者:麻央さんが闘病の中で、かなりツライ中でも、

笑顔を忘れずに闘ってこられたこと、

そんな麻央さんの生き方を

海老蔵さんはどんな言葉で称えたいですか?

 

おっしゃるとおり、

笑顔と、勇気と、愛情、

決してブレない自分。

 

どんな状況でも相手のことを

思いやる気持ち。

 

まあ、「愛」ですよね。

 

そういった力が、最期までブレず、

一昨日まで笑顔で、笑顔で話してて…。

 

昨日ぐらい、

昨日はやっぱり調子悪かったんで、

急にそういう風になってしまったので、

戸惑った部分、

すごく大きかったです。

 

記者:海老蔵さんからは

どんな言葉をおくられましたか?

 

このようにありとあらゆる言葉を

耳元で話してました…。

 

記者:海老蔵さんにとって、

麻央さんという存在は

どんなどんな存在でしたか?

 

…..。

とにかく、私を

どんな部分もどこまでも

愛してくれていたんだと。

 

存在ってのは…

 

できればずっと一緒にいて、

私の方が先に逝って、

彼女にはもっと幸せに、もっと楽しく、

 

家族やお友達やご家族、

麻耶さんやお母様、お父様、

そして私が役者として

成長していく過程を、

ずっと見守ってもらいたかった存在です。

 

記者:麗禾(れいか)さんと勸玄(かんげん)君の

ご様子というのは?

 

麗禾はずっと、麻央の傍を離れませんでした。

 

そして、まあ、彼女(麻央)の横で

「ずっと寝る」と言って、寝てました。

 

認識はしてると思いますね。

 

勸玄はまだ、分かっているんですけど、

分かっていないところもあって、

 

今日の朝も麻央の横になっているところに

(子ども)2人が麻央の顔を触ったり、

足をさすったり、手を握ったり。

 

そういうところを見ると、

まあ私が今後、背負っていくもの、

やらなくてはならないこと、

 

子どもたちに対して、

とても大きなものがあるな…と。

そう感じました。

 

勸玄まだ、分かってますけど

分かってないと思います。

 

記者:お子様2人に奥様から学んだ大事なこと、

どういったことをこれからも

伝えていきたいと思いますか?

 

あの、元気になったら

彼女は自分が歩んできた過程の病、

乳がんやそれに伴う病に対して、

 

自分が治ったならば、

こうしたいああしたい、

多くの人の救いになれるようになりたい。

ということで一生懸命、闘病してました。

 

それでブログというものも始めたんですよ。

マスコミさんのおかげで、

ある意味おおやけになって、

ほんとに良かったと思います。

 

それでブログというものを始めて、

なにかこう同じ病の人たちや、

苦しんでいる方々と

 

悲しみや喜びを分かち合う

妻の姿は、私からすると、

人ではないというか、

 

なんというか…凄い人だなというか、

まあ言い方おかしいですけど…。

 

でもまあ総合的に教わったこと、

そしてまた今後も教わり続けることは

「愛」なんだと思いますね。

 

記者:闘病中のときは苦しかったと思うんですけれども、

今、海老蔵さんの中で浮かんでくる麻央さんの姿というのは

どういう表情が浮かんできますでしょうか?

 

どういう表情?

全部です。

 

初めて会ったときの彼女から、

今日の朝まで全部、全部です。

 

記者:笑顔が多かったですか?

 

そうですね。多かったと思います。

 

記者:今まで麻央さんとお話してきた中で、

海老蔵さんのことやお子様への言葉で

印象に残っているものはありますか?

 

そうですね、心残りだと思いますよ。

2人のことについて。

 

「どうすればいいんだろう?」って

考えても答えが出なかったものだと思います。

 

ですから、まあ色んなこともあり、

まあ今回も子どもたちが

(舞台に)出演したり、

7月にもせがれが出るんですけど、

 

そういうのを見に来ることをひとつの

目標として色んなものを作ったんですけど…。

 

…でも、きっと(麻央は)見てると思うんでね。

まあ、だから心配で心配で

しょうがないんじゃないでしょうか。

 

記者:海老蔵さんが(麻央さんに)

託されたことというのはありますか?

 

まあ、ちょっと多すぎて言葉に出せないですよね。

 

もちろんね、これからも今舞台やってきたわけで、

この後も舞台ありますし、来月もすぐありますし、

子どもの稽古もありますし、

麗禾の成長のことも考えますし、

これからまだ5歳と4歳ですから、

 

これから「お母さん」という存在が

彼女や彼には非常に重要な存在な

わけじゃないですか。

 

…それを失った。

 

僕は代わりにはなれないですけれど、

できる限りのことをやってくように

思ってますね。

 

記者:麻央さんがよく言っていた言葉で

思い出されることはありますか?

 

よく言っていた言葉…。

 

…でもやはり、言葉というか

お姉さん麻耶さんが調子悪くなったときも、

例えば私が舞台で非常に疲れていたときも、

彼女自身はもっと重い病にかかっている。

 

そしてお母様が看病で疲れているときも、

麻央の方が大変なのに、

自分よりも相手のことを心配する優しさ。

 

こういう「言葉」ということではなくて、

どこまでも自分よりも相手のことを想う気持ち。

 

これはね…一番多かったですね。

 

記者:麻央さんと出会って、結婚されて、家庭ができて、

今あらためて麻央さんはどんな奥さんでしたか?

 

そうですね…

分かりませんね…。

 

どんな奥さん?

…。

僕を変えた奥さんなんじゃないですか?

…分かりません。

 

記者:麻央さんがプロポーズのときに「来世も一緒にいよう」

という言葉が一番響いたとおっしゃられてましたけども…

 

そのつもりです。

その話もしました。

 

ですがまあ、僕は

愛想尽かされないように

頑張んないといけないなと。

 

記者:その話をされたとき麻央さんは

なんておっしゃってましたか?

 

ああ、元気なとき?

喜んでましたよね。

 

記者:麻央さんに言いたいこと、最期の一言は?

 

まだね、昨日なんで…。

こういうところ(会見)も聞いてると思うんで。

あの~全部聞いてると思うんでね。

 

言うことは…言わなくても伝わると思うんで。

 

いつも思ってるよねということですね。

 

記者:麻央さんのブログに励まされた方に最後に一言

 

麻央のブログや麻央の存在で

励まされた方々がいらっしゃるということで、

今回のこうゆうような形(会見)も

ある意味とらせていただいたと思うんです。

 

実際、そうゆうことがなければ

このようなことをご報告すること自体が

形としてはどうかと思います。

 

ですがそういう多くの

麻央のことを応援してくださった方、

そしてまた麻央のことを共に闘ってる方々、

本当に昨日先に旅立ちましたけれども、

 

ずっと麻央はきっと皆様の傍にもいると思うんで…。

 

本当に色々ありがとうございました。

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